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今日もまたあたたかい。
晴れたり曇ったり。
ゆっくりコーヒーと、おいしいパンを食べる休日。
昨日はすきな町の、お寺に。
ちらちら色づく紅葉、葉っぱがはらはら雨みたいに落ちてきて、あたたかが過ぎてなんだか銀杏には不似合いな南風。
またここでも小学生たちに遭遇し、なんてにぎやか、こっちまで笑えてくる。
なにがそんなにおもしろいのか、ただ歩くだけでひゃあひゃあと大笑いしている。
あれくらいのころ、箸が転けても、ってよく言われたなぁ。
お賽銭をいれたら閻魔さまからのお告げが聞ける、というのを、心の声で聞こえるのだと思っていれたら、ほんとうに大きな声で聞こえて(周りにいた人も振り向くくらい!)、
びっくり。そしてどうやら、人それぞれに違った言葉をいただけるよう。
とりたててなにかを信仰している、というわけでもないのだけど、お寺や神社に行くと、背筋が伸びるような、気持ちがすーっと軽くなるような、お正月の朝みたいな感じがする。
人に作ってもらうおいしいものや、美しい景色も同じくだけれど、意味とか理由とかじゃなくて。
心が洗われるってまさに。
いつも明るく元気よく。
いつも正しく清らかに。
いつも仲良くにこにこと。
あなたが光ればみんなが光る。
いただいた言葉。
そんな風にいたいなぁと思う。PR -
10時より前と後、に、ひとつの境目みたいな感じがあるなぁって、
近所のほとんどのお店が開くのが10時、ということは10時より前に外へ出掛けることはあまりなく、たまに電車に乗る日くらい。
今日がそのたまに。
理想をいうと甥っ子や妹や母に会いたくて、けれどそれはまたのお楽しみ。
駅までの道、よく見る保育園のお散歩の子たちに加えて今日は、赤い帽子!ちょっと背が高い!一時間目か二時間目か、課外学習というやつかなの、小学生たちを見かけた。
あの、プラスチックのボードに紙を挟んで、裏にはポケットみたいのがついていて、なにか観察したものを書いたりする、紐のついたあれを首から下げていて、はーなんて懐かしい。
あれ下げて歩くいつだったか、隣で手をつなぐのがちょうどすきな男の子とあたって、うれしいような恥ずかしいような気がしたな。
あれ、なんていう名前だったかしら。
あたたかすぎる朝。
私鉄沿線を旅みたいに、行き慣れた景色を旅みたいに思おう。
わたしの観察記録はいつもこのブログに。 -
春みたいに湿度が高く風がなく、あんまりな天気の水曜日。
この頃は発送準備、その前は検品、その前は仕上げの手縫い作業と、ひさしぶりにミシンを踏んだ今日。
最初の針をおろす瞬間にちょっとどきっとして、いいやほんのひと月も空いていないのに、あぁ、やっぱりここがすきだなぁ、と心から思う。
ミシンの前、最遅で進む針の音。
ただいま、って言いたくなるかんじ。
いろんなことを同時にできなくて、あまりに遅く、
10やろうとして4しかできなかった、って思うと半分も出来てない、ってなるけれど、なんにもしなかったら1にもならないし、明日と明後日で3ずつやれば。明日も4できたら、あとは2つで終わるのだし。
一気にやろうとしないで、出来たことだけを見る。
すこしずつ。
休息しつつ、ですね。 -
普通の塩おにぎりひとつ、まぁ本当にうれしそうににこにこ笑って食べる甥っ子は、もうすぐ二歳。
まだ二年も生きていない彼の、ちいさなことに感動する力はすごい。
大人になるとだんだんいろんなことに慣れてきて、感動、感激とかしなくなって、
上手くなるとか落ち着いてくるという意味では、馴れるってとても偉大なことなのだけど、そこに感謝すらしなくなってしまったら、なんとも恐ろしいもの。
買い物にも仕事にも家事にも、たぶん何にも言えること。
見慣れているものを、しかしきちんと大事に思うよう。
明日の朝は、いつもどおりの自分で握った塩おにぎりを、お米にお店に生産者に感謝して、味わって食べよう。 -
11月ももう半分、今年があとひと月と半分で終わる!と驚いてみて、そういえば今年は、体操が続けられたことに気づく。
日記帳の端に○ラ(ラジオ体操のラ、を○で囲む)、って書かなきゃいけないのルールを作ったあとで、なんか短い気がしてもっと長く、そうして時間を書くようになって、6分とか7分とか、まぁそんなものなのだけど。
ラジオ体操、スクワット、腹筋、ストレッチ。
去年までのわたしからしたら、大人になってよかったことナンバーワンは体育の授業がないことだわって思うわたしからしたら、まぁまぁ成長ではないかしら。
歩いた翌日の全身筋肉痛!も最近はほとんどなくなったし。
今日もいい天気、午前のつめたい空気のなかで体を動かすのは、ほんとうに気持ちがいい。
脳もすっきり。
免疫力も上がるかなぁ。
明日も晴れそう、うれしい週末。