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数年前に心身を崩してから、もともとのそれに輪をかけて要領が悪く、ひとつひとつに時間がかかるようになってしまった。

もうずいぶん健康になったと思うのだけど、それにしてもまぁたぶん年齢とか、価値観や環境の変化とか、いろんなことがあって。
学んだことは、ながら作業はするべからず。

と、わかっているはずなのに、今日はなんだか気が焦り、これ焼いてる間に洗い物しようっと思い立ち、ボウルはヘラは洗えたけれど、あーあ、肝心の焼き色が残念なことになってしまった。

ちょっと手が空くなぁ、余裕があるなぁを無理に埋めて、いったいなにをそんなに急ぎたいのかって。
本当に大事なのは何なのかって。
思い直しながら片付けて、いやまぁ、それはそれなりに、美味しかったのだけれど。

効率が悪い。
要領が悪い。
ちっとも理想的ではないそれを、じゃあどれほどまでに悪なのかしらって考える。

理解し合えない人がそこにいるときに、理解しなきゃいけない、同じにならなきゃいけないと思うととても苦しい。
そもそもに合わさらないことが前提で、もう宇宙人であるとさえ思うようにする、と、すこしは楽になる気がする。

そんなかんじ。
自分で自分を、理解しようとしないこと、自分を諦めることは、つまりは自分を理解することで(いいえこれは書き間違いではないのですよ)、
出来ないことだらけな自分を、理想的ではないからって、イコール、否定しないでいたい。

これがつまりは、よく言う、寛解、ということなのだろうなぁ。

みっちり張り付いてきちんと作る。
欲をかかずにひとつずつやる。
ほんのすこしの手持ち無沙汰、なくらいが、やっぱりわたしには、合っているらしい。
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お金や物に対しても、時間についても、もったいない、大切にしようと思うことはとてもすばらしいことだけれど、それに囚われてもっと大事なことを見失わないよう。

もったいないおばけが出るから、って、もったいないもったいないってせかせかしたりかさかさしたりする、その様が、おばけよりずっとおばけみたいだ。

大事にすることと、大事にしすぎることは違う。

もったいないおばけに、変身してしまわないように。
これもひとつの夏バテなのかしら、まったくなんだかなぁと思う今日の自分。
窓を開けると息苦しいほどの蒸し暑さで、薄暗く、はぁもう本当にひどい低空飛行。
あぁちがった、梅雨バテだったかしら。

過ぎたことを後悔してもしかたがないし、夕飯はきちんと作って、今日は早く眠ろう。
明日はまた、きちんとがんばろう。

すっきりつめたい、アイスコーヒーでも飲もうっと。
今日、欲しかった色のミシン糸が、ようやく買えた。

本当に本当にようやく!
あぁうれしい。こんな、ほんの掌に乗るちいさな数百円のミシン糸が、こんなにうれしいなんて。 

マスクに除菌シートに、小麦粉、ドライイースト。もっと始まりにはキッチンペーパーやトイレットペーパーだったけれど、どれもあまりに日常の、あの店でもその店でも、朝でも夜でも買えていた、ほんの数百円のものたち。

いつか、もっとずっと歳をとり、今年のことを過去になって、あぁそんなこともあったねって言いたいけれど、それでもこの今日のうれしいや、がんばってくれている人たちがいたことを、忘れたくないと思う。
ひとつ習慣を変えよう、と思い立ってからひと月が過ぎ、洗濯機が新しくなってからもひと月が。スマートフォンが新しくなってからは、二週間と少しが過ぎた。

まだまだ手探りで、ええとどうするんだっけ、って立ち止まったり考えたり、間違ったり。
だいたいが、前とおなじ風にはいかない。
それを、おなじ風にしなきゃいけない、と頑なに思うことよりも、自分の方をそちらへと寄せていく、合わせていく。
変えるべくは、まわりのものや人ではなくて、自分の方だと気づく。

協調する。
それは苦しくはなくて、というよりも、ずっと楽で、軽やかな感じがする。

最近夫が、昔見ていたらしいアニメを見返していて、わたしはちっとも興味のなかったはずなのに、ときに主題歌を口ずさむようになってしまった。
とびきり軽快で、単純で、歌詞も変だし、あんまり嬉しくないけれど、夫が嬉しそうなので、まぁ、それも、いいかな、と思う。
About
furuyama saki
神奈川県在住 1993年3月生まれ
高校を中退後、2010年よりアクセサリーの製作活動を開始。
個展、通販、雑貨店での販売と同時に、フィルム写真やZINEも製作発表。
2015年、結婚を機に、暮らしに調和する布小物「mel」を開始。
現在はスロー活動中。

29歳年上夫とふたり暮らし。
美味しいもの、きれいなもの。リネンと花と野菜が好きです。
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