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mel

アートと生活
アートと生活はそう相容れないものでもないよなぁと、ふたつはとても近くに、在る、気がして。

生活があるということはどこかに不自由があって、あぁもう夕方だわとか明日も仕事だねとか。
自由は大事、しかし選択肢が多すぎる、というのはむしろ不自由で、
携帯のなかで買い物をするとき、もはや見きれない数の商品たちに、心踊るを通り越し、あぁ、永遠におすすめされて、ほとんど途方に暮れる。

ただやみくもに、多く長くあればいいというものでもなくて。
存在に気づくこと。目の前の些細なことを取り逃さないこと。
生活していない人なんていないのに、じゃあどうしてそこにアートが必要なのだろう。

最近読んだ、
地獄変。山月記。それから檸檬。
 
縫い目のことばかり考えている日々。
ふと、流れゆく洗剤の泡が偶然にきれいな形になって、流すのが惜しい一瞬。

休みの前日は、少しくらい夜遅くなってもいいわけで、あぁ作りたいものだらけ選択肢が多すぎ。却って夕飯なにつくろうに悩む。
けれども買い物前、つまりはあるもので無理やりのごはん、でした。
じゃがいも1つを牛乳で煮て、トマトピラフにのせて。
焼きドリア風。

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