-
口癖のようにそういう夫は、まぁつまり亀の甲より年の功、本当に多くのことを知っている。
歳の差婚、において、二十九年の長さを感じるのは、
スポーツ中継を見ていて、あっ、この選手同い年だ、の、夫はその監督の方と同い年だと気づく。
仕事に行く母に、もう若くないんだから無理しないでね、もう倒れないでねとLINEして、いやでも隣にいるこの人はそれよりも若くないんだよなぁと気づく。
今更。
昨日から足や腰が痛いと言う夫。
どうしてあげることもできないけれど、暑いしねぇ、無理しないでねって話す。
牛乳もジュースも瓶だったとか、家に黒電話があったとか。アナログレコード、CGのない時代。町の小さな本屋さん。
昔が、育ったころが良かったとかは一言も言わないのだけど(多分言わないからこその)、しかしそれに、わたしはどうしようもない憧れがあるなぁって。
便利さとか手軽さではない、完璧でないことの、品、みたいなもの。
瓶入りカルピスの紙の包みを解いて開ける、なんて、それだけで既に、とてもおいしそうにみえるよう。。PR -
なんだかやけに早く止まった、と思った洗濯機、まぁわたしの時計の見間違いだろう、時間はあっという間にすぎるのねぇってばたばた干して、二回目を回し、あれ、二回目もまたやけに早くピーッピーッ、完了の音がなる。
どうやら昨日、洗濯機の漂白をした後でコースのボタンを触ったのをすっかり忘れていて、洗いだけモードになっていたらしい。
無香料の洗剤だし、柔軟剤も入れないからなのか、なにも気づかずに干してしまった。
さっきのシーツとケットを全部下ろし、せっかくちょっと乾き始めてきたところを、あーぁ、すすぎ直す。
窓を開けると外は熱風。
蛇口を捻ると水はお湯。
そんな猛暑の今日をしかし、洗濯ものがすぐに乾きそうというところだけにおいて、あぁよかったと思ってしまう朝。
あー、はやく脱水終わらないかしら。 -
常に前向きに居ることはむずかしいものだけれど、そうありたいという意識だけはいつもあって、心配性なりに、びびりなりに。
まぁいっか、とか、大丈夫、と言えることが増えれば、そのぶん自分も周りも楽になるのだと感じる。
ご海容、という言葉があることを知った今朝。
きれいだなぁと感銘。
海のようにひろいこころで。
もしかしてなんていわないで。
心配しすぎず、ひろく見て、もっともっと軽やかにすごしたいなぁと思う。 -
このごろ、夫の勤務時間が延び、帰りが三十分ほど遅くなった。
ただでさえこの暑いのに大丈夫かしら、って心配になる半面、
わたしはぽっかり時間が出来て、どうしたってうれしい。
ごはんの炊き上がりを、下準備を、そのまま三十分遅くする。
作り始めるのも三十分遅くて良いから、のんびり読書することもできるし、ゆっくりおやつを食べることも、少し長く縫うことも、夕方もまだ明るい今は、気になっていたあちこちを掃除することもできる。
たかが三十分。
されど三十分。
昨日はいつも通りの時間から台所に立ち、すこしゆっくり夕飯を作った。
ピーマンの肉詰めと、焼き玉ねぎ、トマトのマリネ。味噌汁と黒米ごはん。肉詰めを久しぶりに作ったら、おいしい、と言ってもらえてうれしかった。
(なんだろうこの小学生の作文みたいな文章。。)
今日はどう使おう。
すばらしき、ありがたき三十分。 -
最近、また本を読み始めた。
といっても紙ではなくKindle、初めて電子書籍をダウンロードしてみたら、これがまぁ便利!
文字のサイズを替えられるし、わからない言葉はすぐ調べられるし、なにより、ちょっと手が空いた隙に本を取りに行かなくても、すぐに、すこしずつ読める。
独身の頃、毎日のようにバイト終わりに図書館に通っていたことがあったのだけど、あのころはまるで永遠みたいに時間があって、広く静かな閲覧席で、読み耽る、というのかな、本の世界に入ってしまうようなあの感覚がとてもすきだった。
Kindle、古いものだと無料で読めて、(青空文庫というらしい。著作権の切れたもの。)
これも勉強だし、普段自分では手に取らないようなものを読んでみようと、まずは、女生徒と、風立ちぬを、読んだ。
やっぱり今もまた入り込みすぎてしまって、こちら側に帰ってこられないような。
今日はさっき読んだあの八ヶ岳のなかに自分のなにかが行ってしまって、雪や、山の美しいそれのなかにあった、気がするところ、
関東平野の猛暑のアスファルトに響くは、人や車の騒音、トラックに、選挙カーまで!
あぁ、ふつうの土曜日だったなと我に帰る。
気持ちを入れ換えよう、と音楽かけたら、なんとまぁさっきの八ヶ岳のあれとまったくリンクしてしまう歌詞が流れる。
あーぁ。
しばしの忘却も含めて、のもの、なのかしら。
たのしいです。
電子書籍。
気に入ったのがあったら文庫本を買って、アナログで読んだらまた違って感じるかしらを試してみるのも、いいのかもなぁなんて。